大河ドラマ関連地「井伊谷城跡」
撮影 2017年8月29日
The Ruins of IINOYA CASLE
Iinoya, Kitaku Hamamatsu - August 29, 2017
Iinoya, Kitaku Hamamatsu - August 29, 2017
井伊谷城跡(いいのやじょうあと)。平安時代末期、井伊家初代の井伊共保により築城。井伊氏居館の背後の山上にあり東南西の三方を見下ろし、背後の北は山に守られた攻めにくい城であった。現在、城跡公園として整備されている。 |
井伊家の居城「井伊谷城」をご紹介します。神宮寺川と井伊谷川が合流する内側に井伊家の居館があり、その背後の山(城山)の上の城が居城でした。標高はさほど高くありません。大河ドラマで取り上げられたことをきっかけとして良く整備されましたので、城跡まで10分ほどで登ることが出来ます。でも坂の勾配は結構あります。写真は登山道をほぼ上り詰めたあたり、大手門がかつて赤い旗のあたりにありました。
山上は平らになっていて本丸跡です。井伊谷城は井伊家初代の井伊共保により築城。三岳山山頂の「三岳城」が本城で戦時の篭り城、井伊氏居館の背後の山上「城山城」は平時の居城という位置づけです。
うっそうと木が立ち並んでいますが、もちろん城があった当時はここに本丸の建物があったのです。
南北朝時代、井伊家は南朝に組します。1337年、井伊通政は後醍醐天皇の皇子、宗良親王を井伊谷に迎え入れ、1385年にこの地で没するまで井伊城を本拠としました。一段高いところは「御所丸」と呼ばれ、宗良親王の御所であったとされています。
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