「信玄街道〜三方ヶ原の戦い 始まる!」
SHINGEN KAIDOU, Hamamatsu, JAPAN
三方ヶ原の戦い(みかたがはらのたたかい)、元亀3年12月22日(1573年1月25日)に、三方ヶ原(静岡県浜松市北区三方原町近辺)で起こった武田信玄と徳川家康の間で行われた戦い。 |
三方ヶ原の戦いについては歴史書に解説を譲るとして、ここでは武田軍が進軍したといわれる欠下坂(信玄坂)を中心に信玄街道をたどってみたいと思います。出発点は染地川にかかる「欠下橋」です。地図 (A)
家康の居城、浜松城に向けて西進する武田軍は、遠州平野から三方原大地(標高差50m)へ急な坂道を登らなければなりません。どこから登ったか、歴史家により議論されてきましたが、現在では有玉西町あたりで登ったことが有力視されています。
ただ、500年前のこのあたりは原野だったと思われ、広い道があるはずがありません。となると、2万人以上の武田軍が細い道を登れば渋滞となりますので、いくつかの道に分散して登ったはず。そのルートとして、欠下坂(信玄街道、ここで紹介しています)、大菩薩坂、宇藤坂の3か所が有力視されています。もちろん地元に古くから伝わる伝承なども手がかりです。
車道を少し進むと、道路の右側に「信玄街道」の道標が立っています。字が消えかかっているので、かなり前に設置されたものでしょう。
歩道上に置かれた、かなり古い道祖神? くれくらい古ければ江戸時代初期のもの?
広い駐車場(常葉大学グラウンドの駐車場)の横を進みます。
細い道に入ります。狭い上り坂、これが信玄坂です。30年ほど前まで坂の左側は樹林でしたが、現在は住宅地になっています。地図 (B)
【コラム】ここにかつて茶店があった!?
付近の住人の方に伺った話です。その方のお祖父さんから聞いた話として「昔、わしのじいさんから、ここに茶店が遭って、ちょんまげの人が団子を買って食べていた、という話を聞いた。」そうな。そもそもこの坂道は主要街道ではなかったので茶店などなかったのでは。信憑性は?ですが。
付近の住人の方に伺った話です。その方のお祖父さんから聞いた話として「昔、わしのじいさんから、ここに茶店が遭って、ちょんまげの人が団子を買って食べていた、という話を聞いた。」そうな。そもそもこの坂道は主要街道ではなかったので茶店などなかったのでは。信憑性は?ですが。
狭い急勾配の坂道です。歩行者専用路になっていて車は侵入できません。軽自動車がやっと一台走れるほどの道幅です。
坂道を最上部まで登りました。登り始めからここまで200mほどです。ここで振り返ると、遠州平野がすべて見渡せます。もちろん富士山も見えます。
いい眺めですね。空気が済んだ日は伊豆半島まで見えます。
さて、信玄街道はさらに続きます。車道を少し進むと、、、
右に入る未舗装の狭い道が見えます。道の両側は畑(休耕中?)です。これが、もっとも古い形で保存されている信玄街道なのです。
この道を武田軍の軍勢が進んだんですね。この先、住宅地の中に狭い道が続きます。地図 (C)
今回写真で紹介した信玄街道です。Google Mapを加工しました。
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