「京都霊山護国神社」坂本龍馬の墓2018年9月14日 撮影
KYOTO RYOZEN GOKOKU Shrine, Kyoto JAPAN - Sep.14, 2018 | |
京都霊山護国神社(りょうぜんごこくじんじゃ)。1868年(明治元年)、明治天皇により維新を目前にして倒れた志士たちの霊を祀るため、東山の霊山に神社を創建せよとの詔が発せられたことに始まる。 |
雨模様のなか、京都霊山護国神社を訪問しました。前回参拝したときは時間がなくて幕末の勤王の志士たちのお墓を参拝できなかったので、今回は龍馬をはじめとしてそうそうたる面々のお墓にお参りするためです。
この神社はそもそも幕末の1868年、明治天皇の勅命により明治維新を目前にして亡くなった志士達を祀るようにと創建された神社です。ですのでこの神社に祀られているのは勤王の志士です。境内の右手の山の斜面が墓地になっていて、勤王の志士1,356柱のお墓があります。当然そこには坂本龍馬や桂小五郎など超有名人も含まれていますので、維新マニア(?)の皆さんの聖地になっています。
墓地への入口は右手の社務所から。入場料¥300が必要です。「拝観は五時までです。」と社務所の方から呼び止められました。時計を見ると五時を回ったところでした。「なるべくはやくお戻りください。」と、一応入れてもらえました。コインを入れるとガチャンと開く回転式のゲートを入ってお墓に向かいます。
墓地入口に掲げられている墓地マップです。ものすごい数のお墓ですね。これでもすべてのお墓が書かれているわけではありません。東山の斜面に墓地が形成されています。桂小五郎(木戸孝允)と幾松のお墓は最上部にあって長い長い階段を登らねばなりません。拝観時間は過ぎていますので今回は最小限の拝観(坂本龍馬の墓のみ)に留めることにしました。
お墓エリアに向かう長い階段です。足腰の弱い方には少し辛い。
墓地の外周を時計回りに登る道です。まっすぐ進めば木戸孝允の墓。龍馬の墓に向かうにはここで右手に分岐します。
更に階段を登ります。
龍馬の墓に階段を登り始めて3分ほどで到着です。
左が「坂本龍馬」右が「中岡慎太郎」の墓石です。
墓石の右側には二人の小さな銅像があります。1867年11月15日、10日ほど前に材木商酢屋から醤油商近江屋に寓居を移した龍馬は中岡慎太郎との会談中、刺客に襲われ命を落とすことになります。二人は近江屋での葬儀の後、こちら霊山に埋葬されました。
歴史的有名人は通常、それぞれの縁の地に墓石があるものですが、坂本龍馬と中岡慎太郎については、ここ霊山に遺体が埋葬されていますので正真正銘のお墓です。
有名人では他に、久坂玄瑞、高杉晋作、月照信海、寺島忠三郎などのほか無名の勤王の志士も含めて1356名の お墓があるのです。墓石がズラッと並び壮観ですね。
霊山は東山の高みにあるため墓所からの眺めは素晴らしい。展望デッキもあります。この日は雨だったため西の山々は見渡せませんでしたが八坂の塔を見下ろし南から北まで京都市街全体を見渡すことができます。
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