萬福寺は、京都でも有数の巨大寺院。隠元大師の創建による黄檗山萬福寺の境内には19の塔頭がありますが、その一つ「宝蔵院」には一切経の版木が所蔵されており、収蔵庫において常時公開されています。JR奈良線「黄檗駅」あるいは京阪「黄檗駅」から萬福寺の総門に向かい、門前を左に進んで行ったところが宝蔵院です。
門を入るとすぐ左に「空地蔵尊」。
玄関で収蔵庫の見学を申し込みます。今日はお彼岸の休日で参拝者が多いなか、ご住職さんが応対してくださいました。
さて、収蔵庫は高いところにあり、本堂の左手の坂道を登っていきます。
中央通路の両側には収蔵棚がズラリ。6万枚の版木を管理するための番号が振られています。うち約5万枚が重要文化財です。
一切経の版木は鉄眼(てつげん)禅師によって13年がかりの1678年に完成しました。以降、宝蔵院は萬福寺の境内における藏板・印刷所となりました。すべて吉野桜が使用されています。一切経は全6,956巻あり、各宗派で使用されているお経はすべて含まれているそうです。
現在の「原稿用紙」の原型がこの一切経です。中央に折り曲げシロがあり、左右に400字づつ。また一切経の書体は明朝体です。これら、今日の「図書・印刷」のルーツだといわれています。
驚くべきことにこれらの版木はまだ現役で使われています。「刷師(すりし)」さんが作業中でしたので暫く見学させていただきました。1枚刷り終えるのに所要時間は数分間でした。印刷機がない時代は刷師さんがズラッと並んで一日中この作業を繰り返していたんでしょうね。忍耐の仕事です。
刷り終えたお経は洗濯物のように干してありました。このあと製本され貝葉書院から販売されますので、購入可能です。
収蔵庫の中央は吹き抜けです。2階にも版木がビッシリ。
書体の見本が展示してありました。宋版のお経は「宋体」、明版は「明朝体」です。他に楷書字体や行書字体など。
熊本出身の鉄眼道光禅師は26歳の時、長崎の興福寺にいた隠元禅師を参謁しました。その後、日本に一切経の版木がないことを残念に思い、一切経を開版を志します。隠元によって萬福寺内に寺地も授かり宝蔵院を建立。1678には完成させ、1682年に没します。収蔵庫の裏山には宝蔵院の墓地があります。そこに鉄眼禅師の墓所があるそうなのでお参りしました。
急な階段を登りきったところで急に視界が広がり見渡す限りの墓地です。その中央に廟所があり、鉄眼禅師と二代宝洲禅師の石塔が祀られていました。
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