泉涌寺境内の「清少納言の歌碑」

撮影 2012年10月
STONE MONUMENT of SEISHONAGON, Sennyuji, Kyoto - October, 2012
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清少納言の歌碑(せいしょうなごんのかひ)、興禅院旧跡。尾形光琳は没後、尾形家の菩提寺である興禅院に葬られたが、のち興禅院は廃寺となり本行院、そして泉妙院に墓所は引き継がれた。
 ・京都市東山区泉涌寺山内町27 map
 ・TEL 075-561-1551
 ・アクセス 市バス 207,208「泉涌寺道」下車10分
 ・拝観料 ¥500 開門 9:00-16:30
 ・駐車場 無料

泉涌寺の山門を入り、坂を下って「仏殿」の右手に「水屋形」がありますが、その左に清少納言の歌碑が立っています。

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石橋を渡って、、、

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この建物が「水屋形」。そして左に目をやれば、、、

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清少納言の歌碑と、供養塔のようなものがあります。まず、単純な疑問として、なぜ泉涌寺の境内に清少納言の歌碑があるのか。

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「夜をこめて鳥のそら音ははかるとも、よに逢坂の関はゆるさじ」有名な句ですね。清少納言は一条天皇の時、中宮定子に仕えましたが、1000年、定子が亡くなり宮仕えをやめました。そして晩年は定子の墓「鳥戸野陵」の近く、つまりこの辺り「東山月輪」で余生を送ったそうです。また、この付近には清少納言の父、清原元輔の山荘もあったと言われています。

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