「山脇東洋観臓之地」石碑は武信稲荷神社を正面に見て、左手突き当り、マンションの入口に立っています。ちょっと見過ごしてしまいそうな場所です。大宮通から六角通りを西に入って2、3分のところです。
ここには山脇東洋の石碑とともに、勤王の志士殉難の石碑も並んであります。
ここは六角獄舎の跡、幕末、「安政の大獄」の政治犯や多くの勤王の志士が投獄されました。
そのひとりが平野国臣(くにおみ)、尊王攘夷運動に参加して捕らえられ1864年に投獄、その年、「禁門の変」が勃発し京都は大火に見舞われましたが、火の手が獄舎に迫るどさくさに紛れて処刑されてしまったという悲しいお話。
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