黒谷さんの墓所を一番高いところまで登ります。
そこには文殊の塔。この右後ろに八橋検校の墓があります。お墓の間を抜けていけばすぐに見つかります。
以前のこと。なにげなく文殊の塔の周囲を歩いていた時、数ある古いお墓の墓石に書かれている名前など見て歩いていると、ふと目に入った「八橋検校」の名前。江戸初期の有名な音楽家の名前ですし、京銘菓「八つ橋」の名称のもとになった方ですから、「えっ、こんなところに。」と偶然の発見を喜びました。
今回は2度めの参拝、あらためて細かく写真に収めました。竹垣で囲われています。
墓誌に詳細説明がありますが、よく読めません。
これがそのお墓。
八橋検校の墓の隣には「清和天皇火葬塚」がありました。この石囲いの中だけは宮内庁の管轄。これを正面に見て、左が文殊の塔、右が八橋検校の墓です、
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