大原の里の氏神「江文神社」を参拝しました。街道から外れた山の中の神社、これまでなかなか参拝の機会が作れなかったのですが、今回意を決して山奥に分け入りました。京都市内から大原に向かう街道途中、「寂光院」への交差点を左折。さらに突き当りを左折します。ここから車で3分かからず、徒歩だと15分くらいです。
R40(江文峠に向かう道)から江文神社の参道道に入ると薄暗く、道幅が大変狭いので注意して走行して下さい。(写真は、江文神社に到着し走ってきた林道を振り返ったところ)
石橋から奥が江文神社の境内です。左手にやや広い駐車場、右手に手水舎があります。鳥居をくぐって社殿に向かいましょう。
手水舎です。水量は豊富、タオルもかかっているので参拝者は多いのでしょう。
広い階段の右入口に「江文神社」の社号標、階段は苔むしていて、濡れているときは滑りやすいので注意して下さい。
階段脇に杉の巨木が現れました。
階段を上がったところにももう一本の巨木。これがもっとも大きい杉だそうです。目通り6mはありそう。次に参拝した時に測定しよう!
社殿です。三神がそれぞれ祀られています。
本殿にお参りしたあと御朱印をいただくため社務所へ。この日は幸運にも宮司さんがいらっしゃって、さっそく書いていただきました。また神社に関して色んなお話を伺うことが出来ました。最後に「珍しい物があるので見ていって下さい。」と拝殿に案内されました。
拝殿です。少し前まで老朽化した拝殿だったのですが、数年前に再建され立派になっています。またこの拝殿は井原西鶴の「好色一代男」に描かれた「大原雑魚寝」の舞台でもあります。現在は内部を荒らされないように入口が波板でふさがれていて一般には非公開です。
宮司さんといっしょに中に入りました。そして説明を受けたのは壁面を飾るたくさんの絵馬です。いえ、絵馬ではありません。「枡かけ」とよばれるマスをかたどった額です。(以下の写真は宮司さんの許可を得て撮影したものです。)
大原では米寿(88歳)を迎えると、それを記念して江文神社に「枡かけ」を奉納するのだそうです。全国的にも珍しい風習で、宮司さんは「ほかで聞いたことがない。」とおっしゃっていました。
米寿を迎えると近所の大工さんにお願いしてこの額を作ってもらいます。米の字は分解すると八十八、米にちなんで米を計る「枡」と「斗掻棒」がモチーフ。サイズは統一されていません。皆さん、思い思いの大きさで作成し奉納します。白い紙が斗掻にまかれているものがありますが、紙には米寿を迎えられた方の手形が。なお、拝殿を建て替えるにあたって、古い額は文字を読み取って記録し、外して保管したそうです。
なお、江文神社周辺にはロッククライミングの練習場やトレッキングのルートがあり、多くのハイカーが訪れます。中にはマナーの悪い人があるのでしょうか、こんな看板も立っていました。
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