御蔭通の東の終点、山中越の道(志賀越道)にぶつかったところに乗願院があります。山中越は京都市北部と大津を結ぶ主要街道です。狭い道にもかかわらず車の往来が大変激しく、注意しながら門前の写真撮影。
本堂は上賀茂神社にあったお寺「神宮寺」の観音堂を移築したもの。
御朱印をいただくために玄関を入りました。花がきれい。
江戸時代初期の伝説の人、白幽子(はくゆうし、1646-1709)の揮毫「南無阿弥陀仏」の名号を刻んだ石碑が本堂屋根右端の下あたりに立てられています。白幽子寓居跡が近くにあります。
山門の右に「北白川小学校開校の地」の石碑が建っていました。1874年(明治7年)、乗願院の毘沙門堂を借りて開校したことを記しています。
毘沙門堂を間借りしたのはしばらくの間、ほどなくして少し南の北白川仕伏町(北白川天神宮の横)に校舎を新築して移転しました。この石碑は北白川天神宮の境内に残っています。現在の北白川小学校は北白川上別当町にあります。
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