清水寺「月照・信海両上人の歌碑」

2018年9月14日 撮影
Monument of GESSHO-SHINKAI
in Kiyomizu Temple, Kyoto JAPAN - Sep.14, 2018
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清水寺(きよみずでら)、北法相宗大本山、山号は音羽山。本尊は千手観音。創建は776年、延鎮による。西国三十三所観音霊場の第16番札所、および洛陽三十三所観音霊場十番から十四番まで。国宝の金堂ほか多くの文化財を擁し、世界遺産。桜と紅葉の名所。
・京都市東山区清水1-294
・Phone 075-551-1234
・アクセス 市バス「清水道/五条坂」下車、徒歩10分
・拝観 300円、開門 6:00 - 18:00 駐車場なし

幕末、尊王攘夷運動に身を投じた清水寺・成就院の僧、月照と信海に関する石碑が清水寺境内にあります。場所は、本堂の手前、朝倉堂から左に進んだところにある「北総門」をくぐった先です。傘をさした人の向こうに石囲いが見えていますね。

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こちらが「月照・信海両上人の歌碑」です。囲いの中だけでなく周囲にも遺蹟がありますのでひとつひとつ見ていきましょう。

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囲いの中正面に3つの青い石碑があります。これらがこちらの主たる遺蹟です。中央は「月照歌碑」、左は「信海の歌碑」、右は「西郷隆盛詩碑」です。月照上人は幕末の成就院住職、尊王攘夷活動の志士達を支援した結果、安政の大獄によって西郷吉之助とともに薩摩に逃れます。その後、入水自殺によって帰らぬ人となったのはNHK大河ドラマ「西郷どん」で克明に再現されていました。

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信海上人は月照の弟で成就院の住職となりますが、同様に攘夷活動によって投獄され江戸で獄死します。中央の石碑には月照の辞世の句「大君の為には何か惜しからん、薩摩の迫門に身は沈むとも」、左の石碑には信海の辞世の句「西の海あずまのそらとかわれども、こころはおなじ君が代のため」と刻まれています。そして右は西郷の弔詩の石碑です。

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「勤王聖僧 月照信海両上人遺蹟」と書かれた石柱が建てられています。石柱に刻まれた建立記録を見ると昭和4年に京都史蹟会によって建てられたものです。なお、囲いの中には3つの石碑のほか、その右側には月照上人と活動をともにした「近藤正慎の碑」(俳優 近藤正臣さんのご先祖)があります。近藤正慎の御遺族は、のち清水寺境内で「舌切茶屋」を営み現在まで続きます。

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さらに石囲いの左手前には「忠僕重助碑」があります。大槻重助は月照の下僕として仕え、月照が薩摩に流され亡くなるまで行動をともにします。のち清水寺境内で「忠僕茶屋」を営み現在も営業を続けています。

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「清水寺」 これまでの訪問レポート
  10年以上にわたって、四季折々の表情を写真に収めました。
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