伊那前岳(いなまえだけ)、標高2,883m。中央アルプス・木曽駒ケ岳の前衛に位置する。乗越浄土からは起伏のゆるやかな稜線伝いに短時間でアクセスでき、宝剣岳の絶景が望める。 |
行程
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「残雪の千畳敷から伊那前岳へ 」写真集 その3
以前から挑戦したいと思っていた残雪期の千畳敷カール(八丁坂)、ついに実現しました。しかしながら新型コロナによる県境をまたいだ移動の自粛があったため、実際に登ったのは移動自粛が解けた翌日、残雪がかなり溶け始めた6月20日です。
<伊那前岳へ>
宝剣山荘前で大休止し、軽く昼食を取りました。体力を十分回復しましたので今日の第二の目的地「伊那前岳」にむけて出発します。コースタイムは若い方だと宝剣山荘から片道20分程度ですが、我々は休み休みで30分以上かけて歩きます。
広い乗越浄土の東に連なるなだらかな稜線、先に尖ったピークが見えますが、これは伊那前岳ではありません。「和合山」(2911m)あるいは「和合ノ頭」と呼ばれる前哨山ですが、伊那前岳(2883m)よりも標高が高い!
勾配は緩やか、ハイキング気分で歩けるコースです。
ルンルン気分で!
振り返れば宝剣岳が千畳敷カールに切れ落ち、大絶景!
「和合ノ頭」と、その手前のローカルピークは右に巻いていきます。
快調に進みます。このコースを歩く人はほとんどいませんね。今回は往復で3名に出会ったのみでした。
ここまで来ると宝剣岳の垂直な岸壁も全体が見えるようになりました。
<勒銘石>
伊那前岳の少し手前に石碑が立っています。
石碑の正体はこれ、鎖で囲ってある中の岩、「勒銘石」といいます。
1974年(江戸時代中期)、高遠藩郡代の阪本天山は、70名以上を伴って木曽駒を検分しました。このとき中御所谷から登り始め千畳敷の末端から伊那前岳の稜線に至ったとき、絶景を前に漢詩を詠みました。すぐさま石工に命じ近くの岩にこの詩を刻みました。これが「勒銘石」です。
その後、詩が刻まれた岩は風化し始め、現在ではほとんど字を判読できなくなっています。1931年、傍らに石碑を建立し漢詩を刻みました。「霊育神駿、高逼天門、長鎮封域、維岳以尊」
石碑と宝剣岳。この石碑も右上部が崩壊していますね。
<伊那前岳>
伊那前岳に向かいます。勒銘石から目と鼻の先です。
伊那前岳(2883m)に到着です。ガスが湧いてきて木曽駒ケ岳が見えなくなってしまいました。
木曽駒ケ岳がガスの合間にちらっと見えたので記念撮影!
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