京都観光案内「京都日めくり・絶景ウェブログ」
浜松市北部、新都田の「都田総合公園」に隣接する「見徳古墳」の紹介記事を以前にアップしましたが、いくつかの新情報を追記しリニューアルしました。
見徳古墳の発掘調査の際に見つかった埴輪です。
都田図書館において「遺跡が語る都田の原始・古代」と題して講座が開かれ、その際に、実際に発掘された土器類が展示されました。ツボや高坏など、須恵器と呼ばれる土器です。
次に、講座のテキストとして見徳古墳の昔の地形図が示されました。2号墳とこの図面上にない1号墳は墓地造成のために跡形もなく消滅しています。3号墳は現在、市の史跡として公開されているものです。問題は図面左上の4号墳です。
詳しくは以下のリンクをご覧ください。
・絶景かなドットコム 遠州東海ページに 遠州東海「見徳古墳」(浜松市都田町) を追加しました。
登山好きな我が家、これまでに登った膨大な写真ストックがあります。そのなかから想い出のファミリー登山「1997年、木曽駒・宝剣」の登山記録ページを作成しました。
一日目は、中央高速で渋滞もあったため昼過ぎに「菅の台バスセンター」に到着。車をおいてロープウェイ乗り場のある「しらび平」往きのバスに乗りました。
なお、バスセンターより奥は一般車乗入れ禁止のため駒ヶ根を目指す人はすべてここでバスで向かうことになります。
しらび平に到着。行楽シーズンはロープウェイが混み合います。乗車待ち1時間以降、その間付近を散策。
詳しくは以下のリンクをご覧ください。
・絶景かなドットコム 山ページに 想い出の「木曽駒ケ岳・宝剣岳 ファミリー登山記」 を追加しました。
宇治の黄檗宗・萬福寺は中国風寺院の雰囲気あふれる大寺院です。中国の隠元禅師により開山されました。
日本にインゲンマメなどを伝えると同時に中国の精進料理も伝えました。肉や魚介類を使わない点はに日本のものと同じですが中国風の味付けが特徴で「普茶料理」とよばれています。寺院内でも頂くことは出来ますが、通常は事前予約が必要なことと4名程度の人数がまとまらないと予約できませんので敷居が高いですね。
萬福寺の総門左手の有料駐車場のそばにある「萬松閣、京洛膳 萬」ではランチタイムに手軽な「普茶弁当」を用意しています。
メニューを開くとトップにあるのが「普茶弁当」、迷いなくこれを注文、税込み¥3,000です。ランチとしてはやや高額かな、でもこの後に掲載する料理写真を観ていただければ決して高額なランチではないことがわかりますよ。
詳しくは以下のリンクをご覧ください。
・[1251] 絶景かなドットコム 京都観光「グルメ」コーナーに 京都観光、宇治・萬福寺「京楽膳 萬」で普茶弁当 を追加しました。
秋のある日、四条大橋の西詰から川岸の遊歩道に降りて西岸の遊歩道を歩きました。(2017年9月25日 撮影)
三条大橋から四条大橋の間は等間隔にカップルが座ることで知られているエリアです。北向きのながめです。今日は少し間隔が狭いような、、。
四条大橋東詰の「南座」は耐震補強工事のため閉館中です。今年末の恒例顔見世はロームシアター京都で行われるとのことです。
四条大橋の歴史は平安時代までさかのぼります。当初は「祇園社」、すなわち現在の八坂神社に参拝する人にために架けられた板橋が最初だとか。その後、1857年に石橋に、1874年に鉄製の橋に、1913年にアーチ型の鉄筋コンクリート橋に架け替えられましたが、アーチ部分に流木が引っかかるため1942年に現在の形になりました。
詳しくは以下のリンクをご覧ください。
・絶景かなドットコム 京都観光「小路」コーナーに 京都観光「四条大橋と鴨川西岸遊歩道」 を追加しました。
初秋のある日の夕刻、七条大橋から五条大橋まで散歩しました。京阪電車の七条駅から地上に上がると川端通りの遊歩道にはヒガンバナが真っ赤に咲きそろっていました。
散歩する人がかなり多いですね。あるグループが水面に注目しています。何かが見えますが、、、
カモたちでした。秋になると渡り鳥がだんだん多くなります。とくにカモの種類が多く「かもがわ」と呼ばれる由縁ですね。また、サギの種類も多く、アオサギはモニュメントのように水上に立っています。
歩を進めていくとまもなく正面橋です。それぞれの橋のたもとに川端通りに登る階段が付けられています。
正面橋の東詰にこんな石碑がありました。「元和キリシタン殉教の地」の碑です。ここ、六条河原は日本三大キリシタン殉教地(他は長崎と江戸)のひとつ。江戸時代に入り幕府は「キリシタン禁令」を発布、多くのキリシタンが捉えられます。そして1619年にここで52名の処刑が行われたのだそうです。壮絶な歴史の割にはひっそりと立っています。
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・絶景かなドットコム 京都観光「小路」コーナーに 京都観光、鴨川遊歩道「五条から七条まで」と「元和キリシタン殉教の地の碑」 を追加しました。
京菓子の老舗「甘春堂」は、豊国神社と方広寺に向かう正面の和菓子屋さん、あらためて伺いました。本店は川端通と正面通が交わる交差点の南東角です。
創業は150年前、この場所で。店内の様子です。和三盆や落雁が美しく陳列されています。
正面通りにはもう1店舗、豊国神社の近くに「東店」があります。こちらには喫茶店「茶房 撓」が併設されていて、その場で和菓子を味わうことが出来ます。他に、和菓子職人さんの菓子作りを見学できる「菓子工房」、また「和菓子作り体験教室」も開催されています。
お店で見つけた秋の名品の栗まんじゅう「甘栗」です。色んな形で詰め合わせることが出来ますが6個パックの折り詰めを購入しました。甘すぎずほっこり味、濃いめのお茶が合います。
詳しくは以下のリンクをご覧ください。
・絶景かなドットコム 京都観光「名品」コーナーに 京都観光、京菓子の老舗「甘春堂」の甘栗 を追加しました。
宇治・萬福寺の総門、その道路向かいは小さな公園になっていて、その一番奥に石碑が建っています。この石碑は宇治茶のはじまりとなった明恵上人の逸話を顕彰したものですなのです。
こちらは石碑がある公園の全景です。
幾つかの時代の建てられた複数の石碑が建っていて、手前には宇治市が設置した説明板もあります。
説明によると、鎌倉時代の初めころ、宇治の里の人たちが茶の木を栽培しようとして種をまくにも、その方法がわからず困っていたところに、馬に乗って通りがかった明恵上人が畑に馬を乗り入れ、蹄のあとに種をまくよう教えたそうです。結果としてこれがうまくいき、のちに宇治はお茶の名産地になっていきます。
明恵上人は高雄・栂尾の高山寺を開山した人。栄西が中国より持ち帰った茶の種を栽培し、日本に茶文化が広まるきっかけを作った高僧です。それまで茶栽培の中心だった高尾から明恵がやって来て、宇治に茶栽培を広めたのです。馬の蹄の話はエピソードの一つでしょう。
詳しくは以下のリンクをご覧ください。
・[1250] 絶景かなドットコム 京都観光「モニュメント」コーナーに 京都観光、宇治萬福寺「駒蹄影園碑」 を追加しました。
都田総合公園10月の風物詩は、増沢池の周辺で行われる浜松市消防局による「遠距離大量送水訓練」です。一部始終を見学しましたので写真でご紹介しますね。
この訓練は、大規模自然災害による大火災に備えて、放水する水を入手できない場所に大量の水を送る訓練です。なお、この「遠距離大量送水システム」は静岡県内には浜松市と静岡市の2か所にあります。
この訓練を行える場所として都田総合公園は最適なんだそうです。(消防局の方の説明によると都田総合公園以外に最適地が見つからなかったそうです。佐鳴湖公園には車を停めて取水する場所がないのだとか。)
写真の車両は「送水車」です。クレーンが付いていて積載してあるポンプを積み下ろしします。
こちらの車両は「ホース延長車」です。ポンプからここまで黄色いホースがつながっているのです。ところで、興味深そうに見学していたところ消防局の方が近寄ってきて丁寧に説明してくださいました。
「遠距離とありますが、どれくらいの距離を送水できるのですか? 何100mですか?」
「あのポンプは小粒ながらパワーはすごいんです。1,800m送水できます。」
なにぃ、1,800m! すごい!
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・絶景かなドットコム 遠州東海「浜松エリア」コーナーに 遠州東海、都田総合公園の四季「浜松市消防局による遠距離送水訓練」 を追加しました。
現在、京都観光において海外観光客に絶大の人気を誇る伏見稲荷大社、そして参拝客のほとんどが向かうのが千本鳥居です。
鳥居のトンネルのふもとを出発し、稲荷山の山頂までめぐる「お山めぐり」は約4時間を要するロングコースですので、ほとんどの観光客は途中で引き返します。
ここでは比較的短時間で、かつ要所を抑えた1時間のコースをご紹介します。
本堂左側の参道を奥に進んでいくと、いくつかの末社が並んでいます。突き当りを右に進みます。
右奥にお山めぐりの入り口「千本鳥居」があります。ここから「おもかる石」のある奥社奉拝所、さらに進んで山上の池「新池(あるいは、こがまが池とも呼ばれる)の脇に立つ熊鷹社。ここで引き返すと約1時間のお手軽なコースです。
途中の風景写真とともにコースの詳細をご紹介します。
詳しくは以下のリンクをご覧ください。
・絶景かなドットコム 京都観光「小路」コーナーに 京都観光、伏見稲荷「お山めぐり」熊鷹社までの往復 1時間ショートコース を追加しました。
数年前までは数ある京都の観光スポットの一つでしかなかった「伏見稲荷大社」。
2014年以降4年連続で海外観光客に人気No.1となりました。人気沸騰して以降の初参拝です。
そういえば数年前、京都の街中でドイツ人観光客から、伏見稲荷には自転車でどうやって行くのか聞かれたなぁ。今になって思えば、伏見稲荷は彼らにとって観光聖地「a must visit」だったんですね。
JR「稲荷駅」を降りると真正面に一の鳥居。うわっ、すごい観光客。それも噂通りほとんど外国人。
「なぜ人気なのか」、いろいろ調べてみたところ一致した意見は「千本鳥居はインスタ映えする異次元の光景、これが人気の連鎖を生み、さらに旅行サイト・トリップアドバイザーで人気一位になった」ことが拍車をかけました。
さて、お山めぐりのルート途中にある「熊鷹社」までを軽く往復して降りてきたところが「納札所」。おや、かわいい黒にゃんこ、そして海外観光客の幼い女の子。クロちゃんはなでてもらっています。
詳しくは以下のリンクをご覧ください。
・絶景かなドットコム 京都観光「伏見区」コーナーに 京都観光、海外観光客に人気No.1の「伏見稲荷大社」 を追加しました。
浜松市北部、金指街道(R257)沿い、三方原のうなぎ店「よし松」をご初回します。
うなぎの稚魚が減って高額になったことから最近うなぎは高嶺の花。そんななかで以前から抜群のコストパーフォーマンスの噂高いお店です。街道から店の建物は見えますが東側に小路を少し入ったところです。
店内にはテーブル席以外に小上がり席もあり合わせて28席、また別に個室もあります。店内は一般的な和食店スタイル、民芸風のインテリアですね。
今日はランチで伺いましたので軽い「うな丼 竹」(¥1,836 税込)をお願いしました。中くらいのうなぎ半匹分。肝吸付き。
同じ関西風でも店によって仕上がりはかなり違います。こちらのお店は表面の焦げ目がしっかりついていて表面はカリカリ。タレは濃い目。全体的には関東風の蒸しうなぎに近い食感かな。味はもちろん上々。
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・絶景かなドットコム 遠州東海「グルメ」コーナーに 遠州東海グルメ、三方原・うなぎの「よし松」 を追加しました。
午後の訪問が多い真如堂ですが、今日はめずらしく午前中、それも早い時間に伺いました。今年の夏は例年になく暑かったのですが、ここにきてやっと秋の気配。空気も爽やかになってきました。
紅葉が始まると観光客が境内を埋め尽くします。でもあの状態は年に一度のお祭のようなものです。真如堂はだれもいない境内が通常状態です。いまや世界でもっとも人気の高い観光都市京都であるにもかかわらず、なぜこんな素晴らしい境内が静かなのでしょうか。(答えはリンク先に)
境内を探せばヒガンバナがポツポツと咲き始めていました。
初秋の真如堂といえばスイフヨウですね。赤門付近に咲きそろっていました。三重塔のそばにそびえるハナノキ。紅葉の一番乗り、色づき始めています。ハナノキは早春に真っ赤な花をつけて紅くなり、秋にも紅葉で紅くなります。年に2回赤くなる木です。カエデ科の落葉高木。
詳しくは以下のリンクをご覧ください。
・絶景かなドットコム 京都観光「左京区」コーナーに 京都観光、真如堂 四季のうつろい「九月・秋の気配」 を追加しました。
真如堂界隈の秋は色んな花が楽しめます。真如堂は酔芙蓉、ハギ。迎称寺はハギ。そして極楽寺はヒガンバナ。極楽寺は真如堂の門前近く、より吉田山寄りに位置します。
今年の咲き具合はどうでしょうか。正式な入り口は左の門です。右側からも入れますが、、
門を入ってすぐ右側の花壇に季節の花が植栽されています。紅白のヒガンバナは満開です。ノコンギク(左)は開花が始まったところですね。
本堂前の左手、真っ赤な花はチェリーセージ。今日は本堂は開けてありませんでしたので、御本尊は拝めません。江戸時代の観光ガイドブックによると「芝薬師(大興寺)の西に隣接し、時宗藤沢に属す。始めは天台宗、恵心僧都の開基。もとは一条戻橋の東にあった。本尊は毘沙門天、恵心僧都の作。協士として左は大黒天、菅神御作。右は恵比寿神、運慶作。」だそうです。
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・絶景かなドットコム 京都観光「左京区」コーナーに 京都観光「極楽寺のヒガンバナ」 を追加しました。
女性が髪を整える時に日々お世話になる「櫛」。これにお礼をする祭りが安井金比羅宮において毎年9月の第4土曜日に行われます。
2時からの神事に続いて3時からは古代から近代までの衣装とともにその時代の髪型を再現し、祇園の小路を練り歩く「時代風俗行列」も行われ、多くの観光客が見物します。
今年は25日の開催、神事には参加できませんでしたが時代風俗行列を詳細に写真撮影できましたのでご紹介します。安井金比羅宮の境内北側には「久志塚」(櫛塚)があります。
櫛に感謝するこの祭りは昭和36年に始まりました。当初は安井金比羅宮の氏子である南ちゑ氏を中心とする美容家によって始められ、翌年「久志塚」も建立されました。のち、時代風俗の着付けと結髪の正しい伝承を目的として「京都美容文化クラブ」が設立され、櫛まつり実行委員会を置いて運営されるようになったとのことです。
今回見物した場所は花見小路です。町並みの雰囲気は抜群ですが見物人が多く写真を撮りにくいのが難点ですね。中継/休憩地点の祇園白川を出発した行列は午後3時ごろ雅楽隊を先頭に花見小路にやってきました。
古墳時代は2タイプの衣装。前の方は埴輪でおなじみの角髪(みずら)という髪型、古墳時代の貴族男性のものです。以前は男性が行列に参加していたのですが、地髪でのこの髪型ができる男性はなかなか見つからないでしょうね。最近は女性が着用しています。後ろは上流階級の女性衣装。
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・[1249] 絶景かなドットコム 京都観光「歳時記」コーナーに 京都観光、安井金比羅宮の櫛まつり「時代風俗行列」 を追加しました。